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イビチャ・オシム監督の町サラエボ
オシムと神の子
イビチャ・オシム監督

【日本代表 対 イエメン代表】試合終了後のオシム監督(日本代表)記者会見コメント

――後半に羽生を投入した意図と彼への指示は?

 そんなに面白い問題だろうか?
 交代した羽生のプレーは、そんなに素晴らしいものでも最悪なものでもなく、極めて平凡だった。彼に指示したのはひとつだけ、サイドに開け、動けということ。詳しく本人には言わなかったが、彼が左右に動くことで、相手の中盤がサイドに開く。相手には小さくて速い選手がいたから、羽生が入ることによって、相手がマークにつく、そして真ん中や逆サイドにスペースが生まれる。そういう狙いで羽生にはそのような指示を出した。

――公式戦初勝利おめでとうございます

 選手におめでとうと言ってくれ。

――2ゴールともセットプレーだったが、そこに至るまでの過程が大事と言っていた。今日の試合では満足できるものだったか?

 つまりFKまでにどういうプレーがあったか、ということか。それは、審判がプレゼントしてくれたFKだったのか、それともわれわれがいいプレーをして相手がやむを得ずファウルしてFKを得たのか――後者のようなプレーをすることが大事だ。そこに至るまでのプレーはまずまずだと思うが、FKについては満足していない。キッカーが事前と違う蹴り方をしてしまったからだ。もっと力のある相手だったら、そのミスで取り返しのつかないことになっていた。FK、CK合わせて20回以上のチャンスがあったが、日本のように高い技術を持つチームであれば、最低5本に1本は決めていなければならない。つまり阿部や遠藤やアレックス(三都主)、闘莉王といった素晴らしいフリーキッカーがいるわけだから、もっと確実に決めてほしかった。代表ではセットプレーの練習をする時間が取れないので、彼らにはクラブに戻って十分に練習してほしいと思う。

■私は決して逃げることはしない

――最初の試合と比べて進歩があったか?

 それは私のことか、チームのことか?
 守備面については、いくつか改善が見られた。規律、組織、忍耐といった部分で前進があった。ただし攻撃面では、もっと改善の余地があると思う。もっとも、現在の強いチームというものは、守備がしっかりしている傾向があるから、ディフェンスをしっかりすることを基礎としている。だからその点では進歩がなかったわけではない。

 率直に申し上げて、今日の試合はスポーツジャーナリストである皆さんには不満の残る試合ではなかったかと心配していた。ところが、そういう内容の質問が出てこないことが不思議で仕方がない。私は決して逃げることはしない。(会社などから)聞けと言われた質問ではなく、皆さんが聞きたい質問をしてほしい。堂々巡りではなく、率直な質問をぶつけてほしい。日本のサッカーの何が一番面白いのか、それを書くことを皆さんは仕事にしているのではないのか?

――この合宿ではスピードの緩急をつける練習をしていたと思うが、前半はスピードが上がりきらないうちにクロスを入れてしまうようなケースが見られた。どう思ったか?

(質問には答えず)それでは皆さんに代わって、私が(今日の試合の)不満な点を申し上げる。私は不満だ。それはディフェンスでのボール回しが非常に遅かったことだ。しかも各駅停車並みだった。だから相手の陣形を崩すことはできなかったし、相手のディフェンスラインを左右に動かすこともできなかったし、スペースができない。ボールが相手陣内に到達すると、もう相手は戻ってきている。味方はそのときにフリーであっても、数的優位を作ることができない。それというのも、ディフェンスラインのボール回しが遅かったからだ。だから中盤で不利な状況が生まれた。それが一番の不満だ。

 以上が私の考えだが、皆さんの考えはどうか? まあ、目指すところはもっと高いわけだが、(イエメンより)もっと強いチームがもっと守備的な戦いを仕掛けてきたらどう対処すべきか。そのときに、もっと早いサイドチェンジやもっと早いリズムを作ることができなければ……まあ、言葉にするのは簡単だが、そこは技術やテクニックの問題であり、一晩で解決できるものではない。

――日本サッカーの長期間の強化について質問したい。日本は地理的に孤立しているし、選手は厳しい環境でプレーしていない。そうした中でどういう強化を考えているのか。もっと海外遠征をすべきだと思うか?

 最初の質問だが、地理的ではなくサッカー的に孤立しているのだと思う。これまでも何度も触れてきたが、地理的に遠いのはもちろんだが、強いチームとコンタクトするのが難しい。この夏、欧州の強豪チームがいくつか来日したが、彼らのプレーは疲れていたり、バケーション気分だったりして、欧州サッカーの現在を伝えるというには程遠いものだった。あまり言いたくないが、お金を払って見に来たファンには申し訳ないチームがあったことは事実だ。

 日本は豊かな国だから、ハングリー精神は育ちにくいのかもしれない。しかしそれなら、ヨーロッパで経済的に成功している国、例えば英国やドイツのサッカーが弱くないのはなぜか、ということも考えないといけない。つまり経済的ではない動機、サッカーを強くしたい、サッカーを普及させたいというモチベーションを作ることは可能だと思う。それは誇りであったり、名誉であったり、楽しみであったり、お金では計れないもの、そこに自身のエネルギーを投入したくなるような環境を作ることが大事だ。私自身はそれほど経済的に豊かでない国の出身だが、サッカー選手というのは非常にリッチな存在だった。そういう意味では、日本のサッカー選手に「もっとハングリー精神を持て」と批判することはできないのではないか?

――国内で意味のない親善試合をするよりも、もっと海外で試合をすべきだと思わないか、という質問のつもりだったのだが

 一般論としては、選手や単独クラブが海外に行って、強い相手と試合するのは強化につながると思う。しかし代表チームの場合、相手はそれなりのメンバーがそろったチームであるべきだ。一番手っ取り早いのは欧州に遠征することだろうが、向こうも欧州選手権やワールドカップ(W杯)予選などで過密日程だ。その中で日本国内でも日程のやりくりをして代表を集めるのも難しいのに、欧州のどこかのチームの日程が空いているところを探すのは、もっともっと難しいことだ。これは日本だけの問題でないが、代表にはそうした日程面の問題がある。それに加えて、コストの問題もある。各クラブとの折り合いをつけなければならないので、手間とお金がかかる。そういう問題をはらんでいることを理解してほしい。

 地理的に遠いことは、それほどの問題ではない。飛行機がもっと早く飛ぶようになれば解決できる話だ(笑)。例えば日本やオランダの大企業が、早い飛行機を作ってほしいということではなくて、W杯やアジアカップのような公式戦ではないかもしれないけれど、何カ国かが集まって試合ができるような大会のスポンサーになって、欧州やアジアで開催されるようになるというのも、アイデアとしてはあるだろう。親善試合はあくまで親善試合であり、何らかのタイトルが掛かった試合であれば、例えばトヨタやフィリップスのような大企業に賞金を出してもらって、そうしたタイトルを懸けた大会を主催できれば、モチベーションも上がっていくことだろう。地理的には遠いかもしれないが、お金の行き来は可能だと思う。

■美しさを追求して死ぬのは自由だが、サッカーはできない

――今日もスタメンは浦和の選手が半分くらいで、後半は千葉の選手を多く起用している。同じクラブの選手を起用するのは、コンビネーションでのメリットがあるかもしれないが、今後もその方針で行くのか?

 それは選手のプレーによる。今日のようなプレーが続くのであれば、ひとつのチームから選手を選ぶという方針を捨てなければならない。同じクラブでプレーしているから、コンビネーションが優れているという保証はないのだが。皆さんに見てほしい。私が少し前まで指導していたジェフの選手たちを。皆、素晴らしいプレーをしただろうか? もしそれでうまくいくのであれば、私は代表選手全員をジェフの選手にする。だが、浦和と千葉の選手には、正直なところを申し上げた方がいいだろう。それは、たまたま同じクラブにいたからではなく、代表にふさわしい力を持っていたからだ。だから代表の一員であるということを強調しておきたい。

 皆さんとは事前に「こういう記事を書いてください」とお願いすることはできないが、日本のサッカーをもっと強くするためには、もっと走る、もっとアグレッシブなチームをもっと(Jリーグで)増やさなければならない。そのためには、ある部分を犠牲にする必要がある。例えばそれは、プレーのエレガントを犠牲にしなければならない。エレガントであることと、効果的であることは両立しないことが多い。それが両立しているのは、多分バルセロナだけだろう。

(プレスオフィサーが「次で最後の質問に」と言って)以前にも申し上げたが、それを決めるのは私だ。

――あれだけエリア内でチャンスを得ながらシュートを決めきれない。これを是正するには、どのようにすればよいと思うか

 話が長くなるが、よろしいか?
 昨日の会見でも申し上げたが、ディフェンスラインを固めて、そこからスタートするのはたやすいことだが、得点を挙げるためのアイデアを作るのは難しいことだ。そういう話はしたと思う。それを実現させるために練習をしているが、トレーニングと試合とでは違う。プレッシャーも違うし、満員のお客さんも見ている。ここで自分がゴールを決めたら全員総立ちでスタンディングオベーションが起こるのではないかと想像する選手もいるかもしれない。そういうことを考えると、たいていは失敗するものだが。だからトレーニングの場でこういう状況を作れたら――マスコミもたくさんいて、テレビカメラもたくさん入って、きちんとした審判がいて、しかも対戦するイエメン代表と練習で試合して、それからまた同じイエメン代表と本番の際ができればいいのだが、もちろんそんなことは不可能だ。そんな答えでいいだろうか?

 こちらからひとつ、申し上げておきたい。今の話とはぜんぜん違う話だ。来月またイエメンと対戦するが、まったく違うチームになっている可能性がある。ギリシャ神話にも似た話があるが、自分の土地に再び踏み出したときに、エネルギーが大地から湧き上がって兵士の体を満たすということが、もしかしたらホームのイエメンに起こるかもしれない。だから今日の試合で勝っても、また次の試合で楽に勝てるとはまったく考えていない。今、こういう話を申し上げた方が、皆さんはがっかりしないだろう(笑)。

――エレガントと効率性は両立しないということだが、エレガントなプレーをする日本の選手についてはどう考えるか?

 意味は分かる。あまりにもエレガントなプレーヤーは難しいかもしれない。普通に美しいプレーヤーはどうか? 格好いいかもしれない。美しいプレーをして、その結果はどうなるか? その結果を考慮したい。美のために死を選ぶという選択はある。だが、死んだ者はサッカーができない。美しさを追求して死ぬのは自由だが、そうなるともうサッカーではない。現代サッカーのトレンドはそうではない。今はどんなに美しいプレーをしたかではなく、何勝したか、それが求められる。残念ながら。

オシム監督

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